バックナンバー 1998.11.13 25年ぶりの春だったね

25年前の今ごろ、私はまだ高校生で音楽にのめり
こんでいたために将来などボンヤリとして自分が
40歳を越えるなどという恐ろしいことを想像できるわけ
もなく、受験などということも忘れて17歳の秋を過ごしていた。

中野の駅前にあるサンプラザにはかなりの人数の
若者がロングヘアーでジーパンという当時はやりの
スタイルで長蛇の列を作っていた。翌年春に発売
されるLP「LIVE73」のアルバム収録用のコンサートが
行われるのを待ちかねていた。当然ですけれど私も
当時は肩に十分届く髪の毛で耳は大学を出る直前までの
およそ7年間日差しに当てることは有りませんでした。

このコンサートの主役は、当時の音楽業界では異例の
TVには出ない,コンサートが主体でメディアといえば
深夜放送のみといった70年代後半から続く日本の
音楽シーンを形作ったひとりだった。TVに出ないだけ
でなくて雑誌などのマスコミのインタビューも毛嫌い
していたために、ちょうどペルージャにいった中田のように
記者たちとは対立関係にありスポーツ新聞には
あることないこと書かれるのが常だった。

それから25年、キンキキッズに率いられてTV番組で
司会している姿を見ると隔世の感がある。そうその時の
コンサートの主役、現在LOVELOVEオールスターズで
シノラーなどにもてあそばれているオジサン吉田拓郎
のコンサートに20数年ぶりに行ってきたのです。

誰でも若い頃には誰かにあこがれて真似をしたり
生きざまに引きつけられるままに過ごす時期があるのでは
ないかと思います。私は15歳くらいからの約5年の間
吉田拓郎の音楽、生き様に感化されて価値観や人生観など
相当の影響を受けました。高校生の間はフォークソングクラブ
の部長として吉田拓郎のコピーで終始してTVでしか歌を
聞かない人々の関心を呼んだのか流行もあって講堂は
常に超満員の盛況でありました。彼のコンサートに行っては
ギターの弾き方を見てそっくりテクニックを盗む。真似をする
繰り返しで、今でも当時の歌はほとんどの曲を弾きこなすこと
ができます。(このメーリングリストにも当時を知る友人が
おりますので、忘れていることがあったら指摘してもらおうと
思っています。->テシ よろしく!)

つまごいという場所での1中夜にわたる5万人コンサートあたりから
さすがに自分自身のアイデンティティーの模索をし始めて
次第に彼から離れたためにアルバムもあまり聞かなくなり、
武道館でのライブなども相当のちにWOWOW
での映像を見た程度でした。自分自身の中では音楽で生きる
というラインから挫折してコンピュータの世界に逃避するような
20代を過ごしたためによけいに避けていたのかもしれませんが。

ここ数年自分のやりたかった製品作りに会社がシフトしはじめて、
結果的には自分で書いたプログラムは世の中には出ないです
優秀な仲間の手により義理かんりであるとか結果往来であるとか、
これからリリースされるゲームといった形で自分の夢が少しずつ
果たせるようになり自分の中でも多少気持ちの合理化が
できていたようです。 たまたま彼がまたマスコミで取り上げられる
ようになったせいか接点が次第に多くなり始めました。

そんな中できっかけは忘れましたがファンクラブにも入会して
チケットが優先で手に入る機会を得て久しぶりに彼の歌声に
接することができました。

”春だったね”は曲名で爆発的な大ヒットとなったアルバム
”元気です”の中に収められ”ライブ73”にも入っている曲です。

♪僕を忘れた頃に君を忘れられない。そんな僕の手紙がつく。♪
という出だしで始まるボブディランの”ライク ア ローリング
ストーン”に似た快適なテンポの曲でステージが開幕しました。

客席のほとんどが30代以上で占められ、黄色い声援にも
多少の貫禄があり和やかな雰囲気の中で2時間ぶっつづけの
演奏で新旧とりまぜた演奏はさすがにベテランというか
よくある外タレの出稼ぎツアーとは異なり良く練れたステージングで
満足できるものでした。

たまたま知合いの会社の若手が今回のツアーの会場でのGOODSを
担当していたのでパンフレットなども事前に見せてもらえて、実際に
売れ行きがものすごくて最初の名古屋でほとんど売り切れ追加発注が
出ているようです。うわさでは東京フォーラムにはKINKI-KIDSも
来るとかでますます人気は高まりそうです。

7年ぶりのアルバムを出してツアー中のアルチザン(音楽の職人)
山下達郎も前回のアルバムを発売日、タイトルまで決めたのに
諸般の事情で延期して落ち込んでいるときに舞い込んできた仕事が
KINKI-KIDSのシングル[硝子の少年]で、これが大ヒットして精神的に
立ち直ったそうですし、KINKI-KIDSもこれから見逃せないアーティスト
であるのは間違いなさそうです。こういった若い世代の作品、声に触れる
機会が減ってきている人!要注意です。世の中の流れを見ることは
社会の中での自分の位置を知る上で大変重要です。ファッション、音楽
映画、美術、コンピュータもそうですがはやりすたりがうっとおしくなったら
たぶんそれはあなたの人生に黄色の信号がともり始めた証拠です。
別に若い人にコビル必要はないですが、新しいものに触れていいところは
吸収するそういった姿勢はいくつになっても大切なのではないでしょうか。
それを吉田 拓郎のコンサートで再認識しました。

古い船を今動かせるのは古い水夫ではないだろう。このイメージの詩の
一節をステージで歌っているのは1970年当時のよしだたくろうの声を
かぶせていました。26歳の自分と52歳になって共に歌える。楽しい時間を
持つことができました。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック